062976 ランダム
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♪わさわさの妄想部屋♪

♪わさわさの妄想部屋♪

氷結編 ~紅月夜」~

 ――某日。
 午前二時。
 ガリア軍北支部第四十七補給基地近辺上空――。

『ルックス(オオヤマネコ)1より白鯨(ヴァイスヴァール)へ。作戦区域まで百マイルアンダー。警戒区域5につき超音速巡航へ移行。フェイズ1まで、あと五分』
『白鯨。了解した。目標に異変はない。ミッションプランに変更なし。そのまま続行せよ』
『ルックス1。了解』
 淡々と、無機質に交わされる無線。
 作戦中につき気を引き締めている者。場数を踏んでいるためリラックスしている者。
 戦場には常にいろんな人間がいる。
 だがそんな彼らにも、必ず共通している思いがある。
 だから、立ち向かう。
 ……時は、刻々と近づいていた。




















 
 私は拘束具に固定されていた。簡易式カタパルトにスタンバイされ、動かせるのは首から上の筋肉だけだった。
 真っ暗で、風の音と無線しか聞こえない。
 きっと外は、月明かりが心地よくて、風が清々しくて、今の世界を忘れられるほど優しいのだろう。
 だけど、私はそんな外へは出られない。
 次に私が月を拝めるのは、作戦開始の時間。
 稀代の殺人者となる瞬間。
 望もうと望まないと、いずれ訪れる時。
 私は、その「時」を待っていた……。

『どうだ? コンテナは』
 白鯨は軽い口調で切り出す。
「白鯨」は、私の帰る場所の名前でもあり、その帰る場所の艦長でもある。「質実剛健」が彼のモットーで、艦長として頼りがいのある人間だ。
『上々だ。いつもと変わらないくらいだ。それよりも……コンテナの外装を対地誘導貫通爆弾(GPB)にするとは……、開発陣もえげつない事をするもんだ……』
『外装からだけでも得られる情報は数多い。それをGPBにして解決させるとは……たしかに多少の強引さは見受けられるかな。まぁそれ故に、被弾した時のダメージが大きいから、くれぐれも慎重にな。特に、「中の彼女」はね』
 白鯨は意味深にそう言った。
 そうだったのか、と私は初めて知る。
 GPBと共に降下することは聞かされていたが、このコンテナ自体がGPBだったとは……。
 その前に、被弾したらダメージが大きいというレベルではないと思う。間違いなく木っ端微塵だ。
 なんてことをするんだ。
 などと、そういう愚痴は心の中に留めておくことにする。
『へっ。それはこの「オオヤマネコ」の実力を知っての発言か?』
 ルックス1は、自分の腕を信頼されてないと思ったのか、挑発的な返答をした。
 ルックス1は、白鯨専属のエアファイター。一、二世代前の主戦力だった戦闘機であるというのに、最新鋭の私にも引けをとらない力を持っている。
 行動力、統率力、精密さ、遂行速度。そういった類のスキル全てが、既に一兵士の力量を遥かに超えている。
『警戒しておくに越したことはない』
『心配しなさんなって。傷一つ付けずに目的地まで持ってってやっからよ。つーかその心配は、彼女に向けたらどうだ?』
『そうだな……』
 遠く聞こえていた無線が、ブツリと鳴る。
 回線が開かれた音だ。
 もとより、こちらは既に開いていたが。
 私はあえて、彼よりも先に口火を切った。
「お世辞にも良いとはいえないわね。棺桶に入ってる感覚なんて味わいたくなかったわ」
 別に深い意味はなかったが、強いて言うなら手間を省きたかったから。どうせ切り出しは「乗り心地はどうだ?」だろうから。
『よく言おうとしたことがわかったな』
 一瞬虚を突かれたようだったが、微笑しながらそう返す。
『今までの無線聞いていたのか?』
「真っ暗な中に拘束された状態のままで一時間もいたらストレスが溜まってしまうわ」
『だからといって盗み聞きは感心しないな』
「せめて情報収集を兼ねた暇つぶしって言って。人聞きが悪い」
 私は無線が嫌いだ。相手の感情を読み取りにくいから。今のだって、白鯨という男を知ってなければ冗談として捉えられないだろう。無線は感情がこめられた言葉ですら、無機質なモノにしてしまう。だから嫌いだ。
『まぁ、それはいい。期待しているぞ。「ゲフリーレン」』
 ――『氷結(ゲフリーレン)』。
 それが私のコードネーム。
 どういう意味でつけられたものなのか、私は知らない。
 だから、ただ私という存在を他と区別するためのしるしとしか、私は認識していない。
『ルックス1より氷結へ。もうじきだ。構えておけよ』
「氷結。了解」
 そう答えて、私はフェイスガードと暗視ゴーグルをオートモードでセットした。
 これで身体は完全に外気から遮断された。
 フェイスガードから酸素が流れ込んでくる。それはさっきまで吸っていた空気より冷たく、私の脳を冴えさせた。
「一応……地上戦、ということになるのかしら?」
 私の声は、フェイスガードのせいで篭ってしまった。
『内部へ進入することを考えたら地上戦になるだろうな。まぁ君の場合関係ないだろう。気を楽にしてやるといい』
「気を楽に……ね。戦場ではそう言っている人から先に死んで行ったわ」
 白鯨の一言に私は過去を思い出す。まだこの部隊に配属される前のこと。僅か一秒とない気の緩みが、死を招く戦場。私は、その空気になじんでしまった。
 血の匂い。薬莢が落ちる音。
 反動の感触だけで、銃の種類が当てられるほど人を撃った。
 何人の戦友の屍を超えて……私はここにいるのだろうか。
 ――「おめでとう。貴君の活躍は我が隊は無論、軍にまでも大きく貢献した」
 おめでとう?
 その前に言うことがあるでしょう? 
 私が、ここに帰ってこられたのは何故だか。貴方には分からないでしょう?
――「上層部からの通達だ。貴君の力をもってして、第七○二特殊部隊の一戦力となってもらいたい」
 私は、何のために戦友の屍を超えているのか……。
 私は、うなずくことしか出来なかった。
 その数日後。
「私」という人間は、消滅した――。

 そして今。
 幸か不幸か、私は存在意義を取り戻しつつあった。
 あのころに比べて、強くなれたと思う。
 物理的にも、精神的にも。
『緊張しすぎると、出来ることも出来なくなるということだ。落ち着け、という意味だよ』
 白鯨の声は聞こえていた。聞こえていたが、頭に入らなかった。戦友たちのことでいっぱいで――。
『氷結?』
「あ、はい?」
『大丈夫か?』
「っと、大丈夫。問題ないわ」
『気負いすぎだぜ氷結。お前なら半分寝てたって遂行できるさ』
 ルックス1のその言葉に、余計な緊張の糸が一本切れた。
 言葉のありがたみを、改めてかみ締める。
『とにかく、作戦以外のことは何も考えなくていい。余計な思考は支障をきたす』
 白鯨は軽くため息をつき、教え子を注意するように言う。
「それなら問題ないつもりよ。心拍数は平常値。その他身体になんら変化はないわ」
『数値で予測できるほど人生というものは甘くない。予想外のことにも対応できるかが腕の見せ所じゃないか?』
「……そうね」
 そうだ。
 それが口で言うよりどれだけ難しいことか、私は知っている。頭では分かっていても体がついてこないというのが常識だ。それを出来るようになるまで、私はどれほどの訓練を重ねたことか。
 ……右手が、疼く。
『ま、無事終わったら一杯やろうぜ』
『ルックス1……。彼女は未成年だ』
『っと、それは失礼』
『……待て、ルックス1。まさかまた艦内に酒類を持ち込んでいるのか?』
『知らんな。十七年物のサファイアなんて持ち込んだ覚えはないぜ』
『……貴様という男は』
 相変わらずのやりとりに、私はクスリと笑った。
 私はこの人たちが好きだ。
 血と鉄の匂いにあふれかえったこの戦場で、自分という存在を見失わないから――。
 仁義を持ち、愚かさを知り、人間を忘れない。
「強い……なぁ」
『どうした?』
「あ、いや。なんでもないわ」
『ルックス1。警戒区域2に侵入。マーカー追跡。シーカー……レッド』
 ――来た。
 私は白鯨の合図より先に直感した。
 心拍数がやや乱れる。
『時間だ』
『ルックス1。了解ぃ。氷結。行くぞっ』
「いつでもどうぞ」
『おっしゃ。コンテナ、切り離し(パージ)』
 結合部のロックが外され、ゆっくりとコンテナが分解される。
 ……月が美しかった。雲一つない夜空。この月を見るのが、この時じゃなかったらいいのにと思う。
 そして外装のGPBが分散してゆき、私は月明かりにさらされた。

 ――「A.K(アプゾルートクラフト)」。
 それが、私が装着している武装名。
 体長僅か二メートルのロボット。いや、スーツか――。人が直接着込む形になるのだから、スーツだろう。しかし、その外見はロボットといっても過言ではなかった。
 特殊合金のアーマーで、人としての輪郭が残っているのは手のひらだけ。非常に機能的な鎧、といった感じだ。
 ――A.Kは、ガリアと真っ向からぶつかっている勢力、アーリア連邦軍の特殊兵器開発陣の最新鋭の機動兵器。
 未だかつてない柔軟性。そして機動性。驚くべきは、高圧エネルギー兵器の超小型化。
 A.Kは、「究極の突撃兵器」をモットーに作られた。改良に改良を加え、戦争が始まってから十年。ようやく、実戦投入された。
 ここまでのスペックを実現させたのは、メインエンジンとなる「カルト(CALTO)ドライブ」。――未だ完全解明されてない、CALTO粒子のドライブ化に成功したから。半永久的なエネルギーの供給、反重力ユニットの兼用。装備者の能力の向上と、その性能は計り知れない。だが、どう考えても実用化は早すぎるという意見の多い曰く付きの代物だ。
 A.Kは装甲が薄い。守ってくれるのは、「オフセット(OS)フィールド」という、実弾・高圧エネルギー兵器、また射撃・近接問わず、大部分の運動エネルギーを相殺する非実体装甲のみ。だが、これがわずか三分しか持たない。
 だがその薄さに比例した機動力は、影を捉えることすら困難とさせている。

『ルックス1より各機へ。聞こえるか。任務は氷結のフェイズ2までのアシスト。各機散開して護衛に回れ!』
『了解っ!』
 僚機の、ルックス5とルックス7が同時に応答する。
 オオヤマネコ部隊は総勢五名の部隊で、その名はガリアにも届くほどの実力を持っている。
 元々八名の部隊だったらしいが、私が投入されたころには既に五名になっていた。
 それが、何を意味するか――。
 ……私は、そこに何の悲哀も感じることができなかった。
 尚他二名は、今は別地域に就いている。
 
 月を仰ぐ形で光を見た私は、無重力状態のように体を回転させた。
 そして、A.Kを目覚めさせる。
「――『氷結』。稼動」
 暗視ゴーグルが点灯した。
 敵機分析モニター(アナライザー)が闇を映す。
 私は、GPBと共に静かに、そして急速に目標へと近づく。
 スカイダイビングのように風を感じることはない。それほど、外気とは完全にシャットダウンされた状態なのだ。
 だから私はそこに、呼吸困難に陥りそうなほどの息苦しさを感じてしまう。
「地点、RH―PP3。九千四百フィートアンダーをカット。CALTOドライブ正常稼動。高数値マーク。マグナパルス、コネクト。適正値検出。対金属探知、及び対熱源探知装甲作動。ペーズモーター、回転率上昇。総出力を四十%へ。……システム、全て正常起動。ウイングユニット、展開。氷結、フェイズ1――ファースト、開始。リアクター直結型多目的主装『イーグレットランチャー』、大出力(バスター)モードセットアップ」
 次々とシステムが起動し、私はそれを淡々と復唱する。
『白鯨。氷結の正常起動を確認。フェイズ1の開始を承認』
 降下中であるにも係わらず、徐々に体が軽くなってゆくのが分かる。
 私はトリガーに指をかけた。そして、奇襲には似つかわしくない、月明かりに煌く白銀の銃身を、目標の敵基地へ向ける。
 私は重力に抗って宙で静止し、照準を定めた。
 ランチャーの視点がアナライザーに直接転送されてくる。
「――ロック」
 刹那。
 青白く、力強い閃光が、GPB郡の合間を貫いた。
 
 そして、闇は戦場へと変わる。
 
 辺りは爆音と炎に包まれ、続けざまにGPBが着弾した。
 ものの数秒で、目標は火の海と化す。
「イーグレットランチャー、連射(ラピッド)モードへ移行。フェイズ2――アサルト」
『氷結! 蝸牛(かたつむり)の旦那に雹を浴びせてやんな!』
 エネルギー圧縮弾をリロードし、一気に急降下する。
 ――この奇襲目的は、「戦術級散弾(TGS)ミサイルの破壊」。
「メタルレイン」と呼ばれる、史上最悪の花火。
 成層圏まで飛翔し、金属弾を降り注がせる弾道ミサイル。過去このTGSミサイルで、一つの戦域が鎮圧されたこともあったほどだ。核兵器・生物兵器・化学兵器のどれにも属さないため、抑制を効かせられないのがこのミサイルのもう一つの恐ろしい点である。 
 彼らは、もはや勝利しか眼中にないのだ。
 衛星からの情報によれば、基地の地下に格納してあるため、地上を焼き払っただけでは破壊できない。
 そう。内部に進入し、直接手を加える必要があるのだ。
 フェイズ1は、あくまでも先手だ。
『白鯨より氷結へ。フェイズ1の成功を確認。敵の勢力を四十%まで低下。オオヤマネコ部隊も交戦を開始。時間の問題で制圧完了されるだろう。あとは適当に相手をして、予定通り一気に深部へ潜りこめ』
「氷結。了解」
 暗視ゴーグルが敵影を捉えた。ガリアの旧式ベースガード、「ベリアル」と呼ばれる地上戦用機動兵器が五機。
 先ほどルックス1が言っていた、十五メートル大の通称「蝸牛」。
 それは見たまんまで、目のような二本の半自立小銃に燃費の悪さを象徴するかのような機関部と燃料タンク。私に比べれば機動性ゼロの、キャタピラで動く化石だ。
 シーカーが赤く点灯する。
「……邪魔っ!」
 私は躊躇いなくトリガーを引いた。
 青白く細かい閃光が凄まじい速度で連射され、針のように蝸牛を貫く。そして地上に降り立つことなく、地表スレスレを飛行したまま内部へ侵入した。
 大型輸送通路へ入ると、次から次へと迎撃兵器や一般兵が顔を出してくる。
「……うるさいっ!」
 即座にイーグレットランチャーをバスターモードへ戻し、前方へ放った。通路は爆炎に包まれ、敵影の熱源反応どころか通路の視認すらできなくなる。
「OSフィールド……展開っ」
A.Kが、OSフィールドによる非実体性の白い球体に包まれた。アナライザーの片隅で、コンマ二桁単位で秒数が減ってゆく。
 あと、百七十六秒。
 私はそのまま、その爆炎を突っ切った。時間がない。OSフィールドの限界時間もある。表面は焼いた。もうすぐ目標地点が転送されてくるはず――
 と、その時。
『止まれ小さいのっ!』
 怒号が無線を貫いた。
 ルックス1の声じゃない。
 同時に、ミサイルアラートが点灯する。
 ――こんなところでミサイル!?
 いくらOSフィールドとはいえ、ミサイル相手では貫かれかねない。私はイーグレットランチャーを収束(レーザー)モードにセットしながら振り向いた。
 本来、氷結は空戦用に作られている。故に対空シーカーは速い。が、相手は秒速三百メートルの超高速弾。振り向き様に目標を捕らえようとするがシーカーが遅く感じる。
 視線はとっくに捉えていた。
 間に合え――ッ!
 直撃されることを覚悟しながら、切り払うようにトリガーを引いた。
 直後、爆風と熱風が私を襲う。
 平行感と制御を失い、地面にたたきつけられた。
 だが痛みを感じる暇など私にはない。即座に立ち上がり身を屈めながら前に進んだ。しかし、立ちはだかるように敵に進路を阻まれる。
 私は反射的に銃口を向けつつ、間合いを取り直した。
 相手は五メートル大の小型機動兵器。たしかガリアの準最新鋭機だ。さっき倒した蝸牛と比べると、無駄のない高機動タイプ。見るからに隠し玉を持っているようなギミックが見られる。だが大きさの所為か、機動性では負ける気がしない。 
『小蝿が……、小ざかしいことをしてくれるぜ!』
 野太い声が無線に割り込む。
 わざわざ周波数を合わせて入れてくるとは、鬱陶しさ極まりない。
 奴は私にガトリングを向けてきた。片手には使い捨てロケット砲の支柱。どうやらさっきのは、ミサイルではなくロケット弾だったらしい。
『しかし見たことねぇタイプだな。 鹵獲(ろかく)してくれるっ!』
 奴は射撃モーションすら見せずにガトリングを放ってきた。
 ガトリング程度なら、OSフィールドが弾いてくれる。が、私は反射的にそれを回避した。
「氷結より白鯨へ。ガリア準最新鋭機と接触。ミッションプランI3に変――」
『はっ、悪ぃな! 電子妨害(ジャミング)かけさせてもらったぜ! 仲間でも呼ばれちゃあ困るからよ! もっとも、一匹で突撃してくるってことはそれなりの実力を持ってるってことなんだろうがな!』
 奴の言ったとおり、白鯨からの返答はない。
 私は唇をかんだ。
 ――孤立無援。
 そんな言葉が頭をよぎった。
 だめだ。弱気になってはいけない。
 私は本来なら単独行動を言い渡されてもおかしくない存在なのだから。
 問題ない。勝てる。
 私が不安になったのは通信が途絶えたということだけ。
『さって! 気をつけな! 加減なんぞ知らねぇからよ!』
 その途端、奴の姿が消えた。
 ――ミラージュ!?
 敵影が捉えられない!
 ミラージュは見えなくなるのではない。見えにくくなるのだ。光を反射させず、屈折率を捻じ曲げることで背景に溶け込むことが出来るミラージュは、よくよく見れば輪郭が若干揺らぐ特徴がある。が、この状況でそれを見切るのは至難の技。
 敵の攻撃は気にならなかった。
 ガトリング程度では貫かれないし、ロケット砲でもモーションさえ見せれば回避できる。
 射撃地点から敵の位置の特定は容易だが、そこから攻撃に移るのはまた別の話。
 認識する。それに反応する。銃口を向ける。トリガーを引く。零コンマ五秒とかからないが、反撃するには情報が少なすぎた。
 だから、今は反撃の機会をうかがうことにする。
 早急に虚を突かねば……!
 ――しかし、腑に落ちない。
 なぜ奴は私を捉えられる?
 ミラージュは、相手から視認されにくくするものである。
 そのため、空気に触れている外装という外装は全て対視覚処理をされるため、メインカメラさえも遮断される。
 その状況下で、対金属探知も対熱源探知も作動している今の私は、完全なステルス状態であるといっても過言ではない。
 私をロックできるはずが――
 ふと、アナライザーに表示されていた計器の一つが、振り切っていることに気がついた。
 ――超音波探知(ソナー)っ!
 こんな場所で用いてくるとは完全に予想外だった。
 となれば……
「マニュアル……っ!?」
『ご名答ぉっ! ずいぶん頭の切れる蝿だ! それが何を意味するかわかってんじゃねぇか!? ま、分かったところでどうなるわけでもねぇだろうけどよ!』
 奴は私をロックしてはいなかった。
 それどころか、私を視認していない。
 超音波探知という間接的な視認によって、私を捉えていた。超音波探知は、敵をロックすることはできない。だから、奴は完全マニュアルで戦っているのだ。普通はロックさえすればセミオートで攻撃される。しかし完全マニュアルとなれば、相手は腕利きの可能性が高い。
 私は苦戦を強いられることを予想した。
 OSフィールドが激しい音を立てて衝撃を殺す。
 あと三十秒……!
 奴はダメージを与えられないことに業を煮やしたのか、近接武装で攻撃を仕掛けてきた。
 さすがに三メートルも体格差があると、接近戦でも堪える。
『っそ! 変なフィールド持ちやがって! 貫いてやるっ!』
 巨大な質量を持っているくせに、フットワークは互角なくらいに軽い。四方八方から打ち込んでくる。
 だが、私は勝ちを確信した。
 ――奴は、戦い方を誤った。
「不用意に――」
 スクリーンが消えたかのように、OSフィールドが消滅する。私はその瞬間を逃さず、ミラージュの揺らぎを見切った。
「近づきすぎっ!」
 奴の懐へ踏み込み、右肩口へ銃口を突きつける。そのままカラスターを噴かして壁に押しつけた。その三メートルの体格差も、力の使い方を知っていれば無視できる。「ジュウドウ」の要領だ。
 一発……一発打てばチェックメイトだ。しかし、私はあえてバスターモードへ切り替える。
 チェックメイトをする気は、なかった――
『ぬおァッ!? き、貴様っ!』
「零距離――。よくしゃべる奴は……嫌いよっ!」
 まるで空気を撃つかのようだった。だが直後の爆発が、奴がそこにいたことを証明する。
 こういうのを、肉を切らせて何とかというのだろうか。もっとも、肉と言うより皮だが。
 消えるときの呆気なさに、私は改めて己の非情さを悟る。
 ――OSフィールドを展開している間は、敵の近接さえも受け付けない代わりに、こちらから近接することもできない。それは、運動エネルギーの働き方が結局同じだから。だから、私はOSフィールドが消えるのを待っていたのだ。
 おかげで、もうむやみに戦闘は出来なくなってしまったが、無駄遣いをしたとは思っていない。
「氷結より白鯨へ。ジャミングより回復。返答願う」
『――ら白鯨。こちら白鯨。通信機能の回復を確認。大丈夫か?』
「損傷率五%。OSジェネレータ残量ゼロ。作戦行動に支障なし。ミッションプランに修正をかけます」
『白鯨。了解した。敵機か?』
 心配しているには、軽い口調だった。
 だけど他人事と感じさせないところが、白鯨の信頼できるところなのだろう。
 私はリロードしながら地面を蹴った。
「……ミラージュ装備していた。強かったのかもしれないけど、戦術(パラダイム)がなってなかった」
『ミラージュか。ベースガードにしては贅沢なものつけているものだ』
 気づいたときには、既に目標地点が転送されていた。
 ここから地下三百メートルにある最層階。核ミサイルと同じ扱いか……。
 手間取った時間は、とても修正できないくらいに長かった。とにかく、最大戦速で目的地へ向かう。
『厄介なモノだよ。ただでさえステルスがついているとてこずるのに、視覚的にまでステルスをかけられるのだから。こっちも使いたいのだが、君たちに搭載するには大きすぎる』
「そんなものいらないわ。戦闘って、ホントはもっと単純なものだから……」
 基地のメインブレーカーがやられたのか、通路の照明はほとんど消えており、非常灯が通路の壁を示しているだけだった。私は自立機動型迎撃兵器さえも無視して、深部へもぐりこむ。
 ……そして目標地点、TGSミサイル格納庫へたどり着いた。
 さすがは戦術兵器といったところか。それはビル一つ分の大きさを誇り、既に発射体制を整えていた。真っ暗な中で、悪魔のように聳え立っている。スイッチ一つ押せばいつでも発射しかねない状態だった。
 こうなれば、機関部を破壊するなどという悠長なことは出来ない。爆薬もろとも破壊するしかない。そうなれば、この基地は跡形もなく消し飛ぶだろう。
 ……しかたないことだ。
 私は自分に言い聞かせた。
 もとより、この状況は予定のうちに入っていたものだ。
 躊躇いはない。
「氷結より白鯨へ。ミッションプラン変更。M2からM4へ。各機を作戦区域から脱出させて」
『白鯨。了解した。――白鯨より各機へ。聞こえたか。ミッションプランM2からM4へ。TGSミサイルを直接破壊する。直ちに作戦区域から離脱せよ』
 私はイーグレットランチャーにグレネードを装填した。
 ミサイルの発射管となるこの広い空間を上昇し、発射口を破壊して、空を睨む。
 「……いい月ね」
 私はそうぼやいて、上空へ高く舞い上がった。
 風の音が、耳を掠めてゆく。
 雲をつきぬけ、闇を切り裂き、空気抵抗が重くなってゆくのを感じた。
「フェイズ3――ブレイクへ移行。二分後には目標の完全消滅を予測」
『白鯨。了解した。くれぐれも巻き込まれないようにな』
 そうだ。中途半端な高さでは、巻き添えを食らう。
 なんていったって、相手は戦術級なのだから。
 不幸中の幸いは、一つ破壊すればその破壊力で他のTGSミサイルも誘爆してくれるというところか。
 そして上空三万フィートまで到達した。気圧のせいで体が火照っているのが分かる。
 三万フィート。それは狙撃(スナイパー)モードで辛うじてロックできる距離だ。銃口を真下へ向け、最大望遠でターゲットを捉える。
 こんなものを作った、彼らが悪いのだ。やらなければ、もっと大量の人が死ぬ。
 私の、大切な人が――。
 シーカーがマーカーと重なった。


「さよなら。キャンサー」


 そして指に力を入れた。 
 鈍い反動を残し、グレネードは風を裂く。
 同時に、少しでも高く。被害が及ばない高い空域へ。TGSミサイルが破壊されるギリギリまで上昇した。
 ……これだけ上昇しても、月の大きさが変わることはない。それは、私を嘲笑っているかのようにすら見えた。
 手を伸ばせば、届きそうなのに……。
 そして――

 ――

 地上が光った。
 上空四万フィートまで届く、強烈な爆音。
 それは、人類の愚考を示唆していた。
 彼らも、私も――。
 任務は、終了した。
「……氷結より白鯨へ。任務完了(ミッションコンプリート)。帰艦します」
『白鯨。任務完了を確認。ご苦労だった。あまり気分が優れないか?』
「戦場で気分が優れていられるほど、強くできてはいないわ……」
『それもそうだな』
 彼は、陽気にそう言った。
 立ち上るは、炎に照らされた赤い爆煙。
 それは、血の色にも似ていた……。

 平和とは、誰かの犠牲の上に成り立つもの。
 私は、その「犠牲」。
 平和への代価。
 「代価」としての、責務を果たさなければならない。
 そこに、疑問はない。
 
 ……いつ、終戦を迎えられるのだろうか。
 
 ただ、それ以外は。




――『数値で予測できるほど、人生というものは甘くないさ』

 もしも終焉を数値で予測できたなら――
 私は何を思うのだろうか……。




















「……白鯨」
『ん?』
「……神様って、何?」
『……人の弱さ、か』
「……そうかも……ね」




         To be continued…




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